ぼくの尊敬する人が今困ってる。。正直ぼくはちからになりたいと思うと同時に今は自分のことで精一杯だから、揺れている。。

その人が困った状況になったのは、ぼくの責任でもあって、かねてよりの悪癖である「途中で投げる」をやってしまって、仕事を中途半端にやめてしまったことに起因する。。

ここまで、書いてるとぼくが全部悪くて、いろいろ原因があって、、

戻りたいなあと思う反面、まだ煮え切らないものがあるというか、踏ん切りが付かない、、

その戻れない理由の一つが、ぼくの中途半端さ、、だ。。もしまた戻ってくるなら、次はどういう形であれ、本気でやってほしい、、と。

当然だ、、当然のことで、今まで何回も言われてきた。

ただ今まで言われてきた人たちには、耳に入らなかったけど、、今回ばかりは違う。初めてできた「尊敬してしまう人」

ここでできなきゃ、、

そう思うとこがある中で、昨日その人とお話する機会をいただいて、いい感じのエピソードを教えてもらったので、ぼくの体感も加えて書いていく。。

まず結論をいうと「必要以上の絶望を獲りにいく」だ

実際にその人はそうして生きてきたから、ぼくの胸に重くのしかかった。。

その人曰く。それが一番自分を成長させてくれる。。今までもそうだった。。と。目の向けたくないとこ、、一番見たくないとことひとつひとつ向き合っていくことが必要だと。。

ここまでぼくの胸にストンと落ちるとこをみると、「この人は今までこうして生きてきたんだろうなあ、、強いなあ。。すごいなあ」など、呑気に構えていたら、、もうひとつすごい追加情報をもらった。。

それは、その大変な状況の中で、より美しい自分をイメージして、そうなれるように背伸びをするんだ

そうすることで、その状態がいつかデフォルトになり、その分成長した自分と対面できる、、その繰り返し。

ここでぼくが思うぼくとの違いは、、ぼくは絶望から目を背けようとする。。辛いから、、でもその人は余計にそれを見て、感じて、考えて、活かすことでさらにかっこいい「自分」へ近づいてる。。

絶望をさらにとることによって、余計に考えるし、、そこに身を置くと強制的に「今」を変える必要が出てくる。。

今が変われば、当然今まで見えてこなかったものが見えるわけで、学びにもなって、そこで選べるわけだ。。

今までの価値観と手に入れた価値観。。
そうやって、「選ぶ」を繰り返した先に待つのが、自分だけの「価値観」なんだろう

追伸
ここまで書くのに、しんどい思いもしたけど、、文字が進むごとに理想の「ぼく」に近づく可能性が増えたので、これもひとつの作業として、楽しいな。。有意義だし